大地
1994年千葉県千葉市生まれ。今は大工をしています。
約1,200坪の古家付きの山林を購入し、妻と犬と猫と暮らしています。
夢は「暮らしと風景をつくる人」になることです。
千葉から山梨県北杜市へ
会社員時代、売上のためにお客さんに嘘をつくことに違和感を覚えました。
……というのは、少し格好つけた言い訳で、実際には競争社会についていくことができませんでした。
そんな頃、「社会にとって良いことを仕事にする」という社会起業という言葉を知りました。
とはいえ、どうやって起業すればいいのか。何を仕事にすればいいのか。まったくわかりません。
そこで「社会起業 スクール」と検索してみると、大前研一さんが創設した「一新塾」が見つかりました。
さっそく説明会に足を運び、代表理事・事務局長の森嶋さんの熱に押されるように入塾しました。
一新塾では、非電化工房の藤村先生の講義を受けました。
そこで初めて、お金やエネルギーに過度に依存せず、豊かに生きる人たちの存在を知りました。
さらに、非電化工房で住み込みの弟子になれば、そうした暮らしに必要な技術を身につけられるという話を聞き、心が動きました。
とはいえ、当時は「今の会社でもう少し頑張ってみよう」という気持ちもありました。
ところが、その3か月後、会社を辞めることになりました。
私が社長に対して不義理を働き、実質的にクビになったのです。
さて、どうしよう。
他に行くあてもなかった私は、一新塾の同期に「非電化工房に行ってみたら?」と言われ、
住み込み弟子にエントリーしました。
そこで、現在の妻と出会いました。
妻は、カフェを開くという夢を持って非電化工房に来ました。
一方、当時の私には、これといった夢がありませんでした。
ただ、自給する力と、どこへ行っても生きていける術を身につけたい。
そんなことを考えていました。
そんな私の心を見透かしたように、藤村先生が、
「山を開拓して、そこで暮らしをつくるような、大きな夢を持ってみたらどうか」
というようなことを言ってくれました。僕はそれを真に受けて、山を探し始めました。
そして、非電化工房を卒業する少し前。
妻から、
「父が末期がんになったから、もう遠くへはついていけない。山梨でカフェをやる。場所を探す。私には時間がない」
と言われました。
そこで私は、自分の山探しよりも、妻のカフェの土地探しを手伝うことにしました。
そうして、いろいろなことが重なり、流れに身を任せるようにして、縁もゆかりもない山梨県北杜市へやってきました。
北杜市で暮らしをつくる
軽トラに必要最低限の荷物を積んで、北杜市にやってきました。
「住むあてもなくやってきた」と言えたら、物語としてはカッコいいのですが、
実際にはそうではありませんでした。
会社員時代にお世話になっていた方の別荘が、隣の長野県原村にあり、しばらくそこに寝泊まりさせてもらいました。妻の実家に泊めてもらったり、軽トラの荷台で寝たりすることもありました。
そうしているうちに、妻の元上司の方が空き家を無償で貸してくださることになりました。
親切なみなさんのお世話になりながら、北杜市での生活が始まりました。
仕事も探しました。
知り合いの紹介で、北杜市大泉町にある「Flowers for Lena」という花農家でアルバイトをすることになりました。畑スタッフです。
安易な気持ちで始めたら、これがめちゃくちゃハードでした。
正直、時給が仕事に見合っていないと思ったこともあります。
それでも、農家としての力は確実に身につけられる環境でした。
ここでは2シーズン働きました。
仕事は早朝から昼過ぎまでだったので、午後からは妻の父の大工仕事を手伝わせてもらうこともありました。
この頃にはもう、農業よりも大工仕事のほうが楽しいと感じていました。
花農家で働く一方で、土地探しも続けていました。
不動産屋さんを何軒か回りましたが、なかなか「ここだ」と思える場所は見つかりません。
そんな中、偶然の中の偶然で、妻がkinocafeを始める場所が見つかりました。
「ギャラリー桃李」です。ここで、妻のkinocafeが始まりました。
シェアキッチンのような形で、週3日ほど間借りさせてもらいました。
それから2年後。
僕たちは、1200坪の土地を見つけました。
……というより、寝つけない夜に不動産情報サイト「アットホーム」を眺めていたら、
1200坪、水道・電気引き込み済み、古家付きの山林が370万円で売りに出されているのを見つけたのです。
「これは……」
すぐに内見を申し込みました。
実際に見に行ってみると、古家というよりも朽ちた山小屋のような物件でした。
それでも、人工物がほとんど見えない森の環境に、
「ここだね、ここしかないね」
となりました。
そして、その土地を購入しました。
僕は本格的に大工を目指すようになり、今は義父と一緒に大工仕事をしています。
購入した山林と古い家も、義父の力を借りながら、自分たちの手で少しずつ直しています。
家も、カフェも、庭も、仕事も、暮らしも、まだまだ途中です。
これから自分たちの手で、少しずつつくっていこうと思っています。
slowtime八ヶ岳
四季の移り変わりを感じながら、ゆっくりと時間が流れる場所にしたい。
そんな思いから、妻と一緒に「slowtime八ヶ岳」という名前をつけました。
少しずつですが、建物を直したり、花を植えたり、野菜を育てたりしています。
自分たちの手を動かして暮らしているうちに、
いつからか「暮らしと風景をつくる人になりたい」と思うようになりました。
自分たちが食べるものを育てる。
壊れたものは直して使う。
必要なものは、できるだけ自分たちの手でつくる。
そうやって暮らしてみると、便利さや効率とは別のところに自分の手で暮らしをつくる喜びがあることに気づきました。
そしてそれは僕たちにとって、ひとつの豊かさでもありました。
なので、この場所でやっていることを少しずつ記録していくことにしました。
大工仕事。
家や庭をつくること。
食べるものを育てること。
長く大切に使えるものを選ぶこと。
八ヶ岳で暮らす日々のこと。
そしていつかここで得た経験をもとに、
自分の暮らしを自分でつくってみたいと思う人のお手伝いもできたらと思っています。
まだ、始まったばかりです。
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